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トップ > 組織(株式・有限・組合)トップ > 『織田信長の家臣団―派閥と人間関係』

『織田信長の家臣団―派閥と人間関係』

雨読夜話




信長の重臣で対本願寺戦線を統括して最大の軍団を擁していた佐久間信盛が、本願寺との講和が終わって少しした段階で追放になった理由の一因に信長の一族や尾張の有力な家臣、他の軍団長などとの関係性が薄くて切りやすかったのではないか?という話を導入部として、地縁や血縁といった人間関係から信長の家臣団について考察している作品。

前半では信長の家臣団がどのような変遷をたどって方面軍というシステムを採用するようになったかを語り、後半では織田信忠、神戸信孝、柴田勝家、佐久間信盛、羽柴秀吉、滝川一益、明智光秀の7軍団の構成や任務、たどった運命などを扱っている。

また、平手政秀や林秀貞といった家老格、譜代に近い存在になった美濃三人衆(稲葉一鉄、安東守就、氏家直元)、有力家臣で軍団長になりえたが戦死した森可成や塙直政、信長の側近として活躍した森成利(蘭丸)、万見重元、菅谷長頼、堀秀政、長谷川秀一など、軍団長以外の有力家臣たちの話も書かれている。

佐久間の軍団がは信長からするとリストラに反対しそうな家臣が少なくて切りやすかったことは前述の通りだが、明智光秀の軍団でも信長の一族や尾張の人物などで有力な家臣が少なく、結果として本能寺の変を起こすに際して情報漏れを防ぐ結果になった(信長からすると監視役の有力家臣を光秀につければ防げた可能性があった)という話が面白い。

他の軍団では信長の息子である信忠や信孝は当然として、秀吉みたいに信長の息子を養子にしたり、信長の娘や養女を自分や身内の妻に迎えたり、信長の一族や尾張の有力家臣と縁組みしたり、軍事行動を共にすることで関係を深めた話が系図とともに紹介されていて、現代の政界や会社での人間関係にも似た部分があると思った。

秀吉の伝記だと前田利家と親友で丹羽長秀には少し目をかけられた一方で、柴田勝家、滝川一益、明智光秀らからはいびられたみたいな感じに書かれていたような気もするが、勝家と相性が悪かったのは史実だったみたいとして、一益とのが良好だったというのは少し意外にも感じた。
おそらく没落した人物の家系は下げても苦情があまり出ないので、そのように語られるようになったのだろう。

あまりに多くの人物が登場するので人名辞典などが欲しいところだが、論旨は明快だし知らなかった話も多く扱われていて、興味深く読むことができた。







織田信長家臣人名辞典
谷口 克広
吉川弘文館 2010/10/1


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